2006年06月02日
真壁陣地

昨日はこの本『沖縄戦 野戦重砲第一連隊兵士の記録』の著者である山梨清二郎氏が来店されました。
山梨氏は第二次世界大戦時、野戦重砲第一連隊の一員として沖縄にいたそうです。
そして沖縄戦終結直前、最後の陣地があった真壁にいたのだそうです。
昨日はその当時、真壁で戦死した連隊長を埋葬した場所を探しに来たとの事でした。
真壁周辺は激戦地だったことで知られています。兵隊もそうですが、多くの住民も巻き込まれました。
だからその当時避難した場所、身内や友人が亡くなった場所を探して当店に立ち寄る方も少なくないです。
戦争当時とはこの辺りの様子は全く変わってしまったのですが、周辺の航空写真が載った新聞を引き伸ばしたものをお持ちでしたので、山梨氏の記憶を頼りに多分この辺りだろうという場所を見つけることが出来ました。
実はその場所はちなーのご先祖様が眠るお墓のそばでした。
確かにお墓の敷地内にこの地に埋葬された兵隊さんのお名前が書かれた慰霊碑がいくつか建っているんですね。お名前は忘れてしまっていたので、その碑が山梨氏の探している方かどうかは分からなかったのですが、「これから確認しに行って見ます」とお店を後にされました。
山梨氏と一緒に何人かいらっしゃったのですが、その中のお1人はなんと私達の曽祖父である金城増太郎の教え子でした。
増太郎は戦前は県立一中(現:県立首里高校)の教師でした。
ですから時々、「教え子です」とおっしゃる方も来店されたりします。昨日、山梨氏と一緒にいらした方は全く偶然でしたのでとても驚いていらっしゃいました。
「とても庶民的な優しい先生でしたよ」
と私たちの知らない曽祖父の事も聞けて嬉しかったです。(家ではとても厳しい人だったらしい・・)
山梨氏の著書は光陽出版社から出版されています。
Posted by ちなーず・のり at 09:58│Comments(6)
│出会い
この記事へのコメント
そういえば真壁に住んでもうすぐ2年になるけどなんにも知らない・・・。
少し勉強して回ろうかな。
少し勉強して回ろうかな。
Posted by yukio at 2006年06月02日 21:37
yukioさんへ
この辺り、意識して見回すと壕や慰霊碑だらけですよね。
霊感とかあったら住んでいられないのかも・・・
この辺り、意識して見回すと壕や慰霊碑だらけですよね。
霊感とかあったら住んでいられないのかも・・・
Posted by ちなーず at 2006年06月03日 10:15
ちなーずの皆さま、こんばんは!
今回の記事は、非常に感慨深いものがありますね。
そもそも、沖縄へ足を運ぶようになったのも、戦時中の沖縄を少しでもうかがい知れたらと思ったのがきっかけだったのです。
だから、沖縄へ行った際には必ず、喜屋武岬へは行くようにしています。
戦後何年たっても、絶対に忘れてはいけない事実がそこにはありますからね。
な~んて、真面目なコメントになってしましましたが、
いよいよ明日から会社行事で総勢120名の団体旅行の引率係(?)として沖縄を訪れます。
10日土曜日には南部を訪れるのですが、残念ながらフリータイムは一切ないため、ちなーを訪れることは出来ませんが、精一杯ワガママなオジサマ方のお世話をしようと思います!!
今回の記事は、非常に感慨深いものがありますね。
そもそも、沖縄へ足を運ぶようになったのも、戦時中の沖縄を少しでもうかがい知れたらと思ったのがきっかけだったのです。
だから、沖縄へ行った際には必ず、喜屋武岬へは行くようにしています。
戦後何年たっても、絶対に忘れてはいけない事実がそこにはありますからね。
な~んて、真面目なコメントになってしましましたが、
いよいよ明日から会社行事で総勢120名の団体旅行の引率係(?)として沖縄を訪れます。
10日土曜日には南部を訪れるのですが、残念ながらフリータイムは一切ないため、ちなーを訪れることは出来ませんが、精一杯ワガママなオジサマ方のお世話をしようと思います!!
Posted by ahokenta at 2006年06月07日 22:12
ahokentaさんへ
場所柄か、あの時代の話を聞く機会がとても多いです。
でも、それはちなーの家、ご先祖様の事を知ることにも繋がってきます。
更に真壁の歴史、沖縄の歴史を知ることにも・・・
だから、積極的にお話を聞くようにしています。
まあ、軽い話ではありませんから、その後しばらくは色々考え込んじゃってきついのですが・・^^;
ところで、今日から沖縄入りなのですね~おかえりなさーい♪
ここ数日、沖縄はずっと雨です。滞在中にスカッと晴れる日があると良いのですが・・・でも、この湿度の異常に高い息苦しいような空気もまた沖縄ならではなのかもしれませんね^^;
引率係、大変そうですが無事に良い旅になりますようお祈りしております!
場所柄か、あの時代の話を聞く機会がとても多いです。
でも、それはちなーの家、ご先祖様の事を知ることにも繋がってきます。
更に真壁の歴史、沖縄の歴史を知ることにも・・・
だから、積極的にお話を聞くようにしています。
まあ、軽い話ではありませんから、その後しばらくは色々考え込んじゃってきついのですが・・^^;
ところで、今日から沖縄入りなのですね~おかえりなさーい♪
ここ数日、沖縄はずっと雨です。滞在中にスカッと晴れる日があると良いのですが・・・でも、この湿度の異常に高い息苦しいような空気もまた沖縄ならではなのかもしれませんね^^;
引率係、大変そうですが無事に良い旅になりますようお祈りしております!
Posted by ちなーず at 2006年06月08日 09:12
こんいちわ
沖縄戦野戦重砲第1連隊 兵士の記録を編集した丹羽です。
6月2日と4日には山梨氏と同行し眞壁の陣地探しをしました時、店が忙しいところ大勢押しかけ、申し訳ありませんでした.
昨日山梨氏から、真壁の陣地と最後の集合場所が判りました。まず、集合場所は宇江城の現在「山雨の塔」で部隊が解散した所です.そこより夜久600メートル南西に来たあたりに、3分隊の砲(最後の砲)があり、そこより約300メートル南に2分隊山梨氏の砲(本の115ページ)の場所と思います.
2分隊か3分隊の最後の砲撃の方向を確認する歴史上必要性が出ております.歴史上必要性については、手紙でご連絡いたします.
現況を報告し次回訪沖の機会に確認したいと思います。.
パソコンを習いはじめで無事にメールが届くか心配です.
皆様方御健勝のことお祈り申し上げ御礼申し上げます.
2006・9・26 丹羽
沖縄戦野戦重砲第1連隊 兵士の記録を編集した丹羽です。
6月2日と4日には山梨氏と同行し眞壁の陣地探しをしました時、店が忙しいところ大勢押しかけ、申し訳ありませんでした.
昨日山梨氏から、真壁の陣地と最後の集合場所が判りました。まず、集合場所は宇江城の現在「山雨の塔」で部隊が解散した所です.そこより夜久600メートル南西に来たあたりに、3分隊の砲(最後の砲)があり、そこより約300メートル南に2分隊山梨氏の砲(本の115ページ)の場所と思います.
2分隊か3分隊の最後の砲撃の方向を確認する歴史上必要性が出ております.歴史上必要性については、手紙でご連絡いたします.
現況を報告し次回訪沖の機会に確認したいと思います。.
パソコンを習いはじめで無事にメールが届くか心配です.
皆様方御健勝のことお祈り申し上げ御礼申し上げます.
2006・9・26 丹羽
Posted by 丹羽 at 2006年09月26日 16:15
丹羽様
こんにちは。当ブログにお越しくださいましてありがとうございます。
その節はせっかくご来店いただいたのに、お役に立てず申し訳ありませんでした。
真壁陣地と最後の集合場所、判明したのですね。
「山雨の塔」の位置から考えると、砲のあった位置は真壁の南東側のはずれの方になるのかもしれないですね。
大変な作業ですが、どうぞご自愛ください。
こんにちは。当ブログにお越しくださいましてありがとうございます。
その節はせっかくご来店いただいたのに、お役に立てず申し訳ありませんでした。
真壁陣地と最後の集合場所、判明したのですね。
「山雨の塔」の位置から考えると、砲のあった位置は真壁の南東側のはずれの方になるのかもしれないですね。
大変な作業ですが、どうぞご自愛ください。
Posted by ちなーず at 2006年09月27日 22:12