2006年06月23日
今日は慰霊の日
今日は慰霊の日。
当店はひめゆりの塔や平和の礎に近いので、昨日のお客様は明日の平和公園での追悼式や、各慰霊碑の関係者の方が多かったように思います。
また、真壁にある『満華の塔』では、昨日が慰霊祭だったので、その関係者の方も多かったですね。
多分、今日もそういったお客様が多くなると思います。

写真は満華の塔と同じ敷地内にある『砲兵山吹の塔』の慰霊碑除幕式と第1回慰霊祭の時のものです。
コピーですが、以前お客様に頂きました。
日付は『1966年6月22日』となっています。
でも、今日も塔の前は遺族の方々が大勢集まっています。
先程、追悼式に出席する小泉首相を乗せた車が近くを通ったようです。警備のヘリコプターの音が鳴り響いていました。
昨日はひめゆりの塔近くで不発弾処理作業もありました。
もうすぐ12時。
忙しくて黙祷は出来ないかもしれませんが、心の中で祈りたいと思います。
当店はひめゆりの塔や平和の礎に近いので、昨日のお客様は明日の平和公園での追悼式や、各慰霊碑の関係者の方が多かったように思います。
また、真壁にある『満華の塔』では、昨日が慰霊祭だったので、その関係者の方も多かったですね。
多分、今日もそういったお客様が多くなると思います。
写真は満華の塔と同じ敷地内にある『砲兵山吹の塔』の慰霊碑除幕式と第1回慰霊祭の時のものです。
コピーですが、以前お客様に頂きました。
日付は『1966年6月22日』となっています。
でも、今日も塔の前は遺族の方々が大勢集まっています。
先程、追悼式に出席する小泉首相を乗せた車が近くを通ったようです。警備のヘリコプターの音が鳴り響いていました。
昨日はひめゆりの塔近くで不発弾処理作業もありました。
もうすぐ12時。
忙しくて黙祷は出来ないかもしれませんが、心の中で祈りたいと思います。
Posted by ちなーず・のり at 12:01│Comments(7)
│あれこれ
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6月23日、沖縄慰霊の日。沖縄県慰霊の日を定める条例 第1条にはこう書かれています。…戦争による惨禍が再び起こることのないよう…恒久の平和を希求…
慰霊の日【なんくる主婦の年中わーばぐち】at 2006年06月23日 12:39
【 平和の火 】
こんにちは、今日は6月23日です。
皆さんはこの日がどんな日なのかご存知でしょうか?
今日は沖縄戦が終戦した日で、今年で61年目になります。
そして、...
こんにちは、今日は6月23日です。
皆さんはこの日がどんな日なのかご存知でしょうか?
今日は沖縄戦が終戦した日で、今年で61年目になります。
そして、...
今日は沖縄の終戦記念日、慰霊の日です。【e-学び舎本舗!〜ここから始まる夢がある〜】at 2006年06月23日 13:47
この記事へのコメント
はじめまして
貴重な写真を見せていただき、ありがとうございます。
慰霊の日について、22日だったり23日だったりした経緯があるそうですね。
昨日調べたばかりだったので、思わず「おお」と声をあげてしまいました。
貴重な写真を見せていただき、ありがとうございます。
慰霊の日について、22日だったり23日だったりした経緯があるそうですね。
昨日調べたばかりだったので、思わず「おお」と声をあげてしまいました。
Posted by pyo at 2006年06月23日 12:49
琉球新報の副読紙「週間レキオ」の
No.1108(6月22日)に掲載がありました。
P14~P15の
「慰霊の日特集~今も残る砲火の痕~」で
真壁ちなーの柱には、貫通した弾痕、
梁には錆びた銃弾がめり込んだままに
なっている・・・とのことです。
No.1108(6月22日)に掲載がありました。
P14~P15の
「慰霊の日特集~今も残る砲火の痕~」で
真壁ちなーの柱には、貫通した弾痕、
梁には錆びた銃弾がめり込んだままに
なっている・・・とのことです。
Posted by oroku at 2006年06月24日 19:34
pyoさんへ
はじめまして!
そうですね。慰霊の日については私も詳しくは知らないんですが、22日だという説もあるそうですね。
個人的には「何故この日なの?」という気持ちもあったりするのですが・・
真壁の慰霊碑では両日ともたくさんの方がいらっしゃってました。
どちらにしても、61年前のこと、平和のことを改めて考える日には違いないですね。
どうか二度と戦争が起こりませんように。早く世界中から戦争が消えてなくなりますように。
はじめまして!
そうですね。慰霊の日については私も詳しくは知らないんですが、22日だという説もあるそうですね。
個人的には「何故この日なの?」という気持ちもあったりするのですが・・
真壁の慰霊碑では両日ともたくさんの方がいらっしゃってました。
どちらにしても、61年前のこと、平和のことを改めて考える日には違いないですね。
どうか二度と戦争が起こりませんように。早く世界中から戦争が消えてなくなりますように。
Posted by ちなーず at 2006年06月24日 20:24
orokuさんへ
記事が載っていたんですね。ありがとうございます。早速確認したいと思います。
(新報はおばあちゃんちがとっているのですが、確認するのを忘れていました^^;)
大きな傷は修復してしまったようですが、小さな傷跡は今も残っています。
家の中だけではなく、家の前の石垣に開いたいくつかの穴もそうですし、裏座(裏の部屋)には少し大きな穴を別の板で埋めた痕もあります。
実はある柱には戦時中この家に来た日本兵によってつけられた刀傷が無数にあったそうです。あまりにも酷くて柱の上から板を貼ったそうです。
これらの傷を見るたびに当時の戦闘の激しさと、戦禍の中必死にこの家を守った曽祖父のことを思います。
記事が載っていたんですね。ありがとうございます。早速確認したいと思います。
(新報はおばあちゃんちがとっているのですが、確認するのを忘れていました^^;)
大きな傷は修復してしまったようですが、小さな傷跡は今も残っています。
家の中だけではなく、家の前の石垣に開いたいくつかの穴もそうですし、裏座(裏の部屋)には少し大きな穴を別の板で埋めた痕もあります。
実はある柱には戦時中この家に来た日本兵によってつけられた刀傷が無数にあったそうです。あまりにも酷くて柱の上から板を貼ったそうです。
これらの傷を見るたびに当時の戦闘の激しさと、戦禍の中必死にこの家を守った曽祖父のことを思います。
Posted by ちなーず at 2006年06月24日 21:02
始めまして
先週 21日より24日まで そちら 沖縄で過ごしていました
そして 慰霊の日 が あるということを 初めて 知りました 今まで 終戦は8月15日だとばかりと思っていましたので 沖縄の悲惨な出来事 を 改めて
実感いたしました ご冥福をお祈りいたします
で 話は 変わりますが その日に ちなーさんでお昼を 美味しく頂かせてもらいました 沖縄の味 を 有難うございます
離れていますもので すぐには 食べに行けませんがそちらに行った時は 寄らせていただきます
では 暑いので 皆さん お身体 壊さないように お過ごしください
東京在住 57歳
先週 21日より24日まで そちら 沖縄で過ごしていました
そして 慰霊の日 が あるということを 初めて 知りました 今まで 終戦は8月15日だとばかりと思っていましたので 沖縄の悲惨な出来事 を 改めて
実感いたしました ご冥福をお祈りいたします
で 話は 変わりますが その日に ちなーさんでお昼を 美味しく頂かせてもらいました 沖縄の味 を 有難うございます
離れていますもので すぐには 食べに行けませんがそちらに行った時は 寄らせていただきます
では 暑いので 皆さん お身体 壊さないように お過ごしください
東京在住 57歳
Posted by maturi at 2006年06月25日 12:46
maturiさんへ
はじめまして。
慰霊の日に当店にお越しいただいたんですね。ありがとうございます。
沖縄の旅はいかがでしたでしょうか?
また沖縄にいらした際は、当店にも遊びに来て下さい。
お待ちしております
はじめまして。
慰霊の日に当店にお越しいただいたんですね。ありがとうございます。
沖縄の旅はいかがでしたでしょうか?
また沖縄にいらした際は、当店にも遊びに来て下さい。
お待ちしております
Posted by ちなーず at 2006年06月26日 07:25
ちなーずさん、始めまして、
先日、TBさせていただきましたN.K.と申します。
先日はコメントありがとうございました。
私の父は今帰仁出身でもう他界しましたが、
戦争経験者です。
終戦は熾烈な戦闘があったラバウル島で向かえたそうです。
そこで、マラリアに罹り右目を失明しています。
戦争の事は話したがりませんでした。
母は名護出身で、戦時中の事をよく話してくれました。
特に母の母の武勇伝などを、とてもたくましい
おばぁーだったと思います。
父がその話をしない事も理解できます。
また、母がその話をする事も理解できます。
これは、戦争といものが、
どれほど悲惨で残忍なものかを人々の心に
焼きつけていることの表れなのでしょう。
私は子ども達へ伝えていくつもりです。
それでは、また来ます。
先日、TBさせていただきましたN.K.と申します。
先日はコメントありがとうございました。
私の父は今帰仁出身でもう他界しましたが、
戦争経験者です。
終戦は熾烈な戦闘があったラバウル島で向かえたそうです。
そこで、マラリアに罹り右目を失明しています。
戦争の事は話したがりませんでした。
母は名護出身で、戦時中の事をよく話してくれました。
特に母の母の武勇伝などを、とてもたくましい
おばぁーだったと思います。
父がその話をしない事も理解できます。
また、母がその話をする事も理解できます。
これは、戦争といものが、
どれほど悲惨で残忍なものかを人々の心に
焼きつけていることの表れなのでしょう。
私は子ども達へ伝えていくつもりです。
それでは、また来ます。
Posted by N.K. at 2006年06月26日 11:32